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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)158号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決を違法とする原告の主張について、以下順次判断することとする。

1 本件発明と第二引用例記載の発明とが同一発明である旨の原告の主張について

前記当事者間に争いのない本件発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報)を総合すれば、本件発明は、人工の静脈及び動脈など身体の一部分を代替する補綴物に関する発明であつて、従来、人工血管、特に小口径の静脈及び動脈の代替物として、種々の合成繊維材料を管状に織つたり、又は縫つたりしたものが開発されたが、いずれも血漿の凝固によつて線繊維を形成したり、血栓を生じたりして完全に成功したものはなかつたことから、これらの欠点を解決し、理想的な血管補綴物を提供することを目的としたものであること、そのため、本件発明は、理想的な人工血管として、毒性がないこと、アレルギー反応を起こさないこと、他の明白に悪い化学反応性がないこと、移植期間が長くなつても、合成糸が著しく劣化することがないこと等の諸要求を満たすところの、微細繊維で相互に結合された節よりなる微細構造を有するPPTFE管よりなる血管補綴物、具体的には、W.L.Gore & Associates(被告会社)によつて登録商標GORE―TEXの名称で市販されている延伸されたフツ素化炭素重合物を用いるとともに、延伸されたPPTFEの空隙(微細繊維間の隙間)の大きさは節と節とを相互に結合する微細繊維の長さに依存することから、微細繊維の長さと線維状新生内膜(新しい動脈内膜)の形成、縫合時の支障、血液の洩れ等の関係を実験的に究明した結果、微細繊維の長さが約五ミクロンより短い場合には、線維芽細胞の内方成長、毛細血管の形成及び動脈内膜の形成が起こらず、微細繊維の長さが約一〇〇〇ミクロンより長い場合には、身体の血管に血管補綴物を縫合するとき欠点を生じ、血液の洩れが問題になる(同号証の実施例1ないし4)ことが判明し、右実験結果から微細繊維の長さが五ミクロンないし一〇〇〇ミクロンの範囲内にある場合には、癒合過程で線維芽細胞が内方成長し、毛細管が形成されて移植補綴物の上及び縫合線表面上に均一な新しい動脈内膜が形成され閉塞することがないとの知見に基づいて、前記本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの構成、すなわち、微細繊維の長さを人工血管として不適当な範囲を除き、人工血管として前記の諸要求を満たす安全性の高い範囲とみられる五ミクロンないし一〇〇〇ミクロンとすることにより、所望の優れた作用効果を奏し得たものであることを認めることができ、右認定の事実によれば、本件発明における五ミクロンないし一〇〇〇ミクロンという微細繊維の長さは、人工血管として使用し得るPPTFEの微細繊維の上限及び下限を画するものとして定められたものであると認められる。原告は、本件発明の特許請求の範囲にいう「五ミクロンないし一〇〇〇ミクロン」とは、平均値をいうものであり、五ミクロン未満の長さの繊維を含む旨縷々主張するが、その主張するところは、前認定の事実に照らし、首肯するに足りないか、又は当を得ないものというほかなく、採用するに由ない。

一方、成立に争いのない甲第三号証(第二引用例)によれば、第二引用例は、一九七三年一〇月発行の「Surgery」第七四巻第四号第五一九頁ないし第五二三頁に掲載の論文であつて、そこには、内径三mmの延伸されたPTFEであるW.L.Gore & Associates社(被告会社)製Gore―Texチユーブ(人工血管)と超軽量織テフロン人工血管を切開した犬の大腿動脈に三cmないし五cmにわたつて移植した比較実験の結果が記載され、右実験には、延伸されたPTFEで形成されたひだ折りのないチユーブ(人工血管)で内面が滑らかで、約八五%の高い気孔率をもつもの、すなわち、微細繊維によつて相互に結合された節よりなる微細構造を有する延伸された多孔性ポリテトラフルオロエチレン(PPTFE)が用いられ、第1図にその電子顕微鏡写真が示されているところ、それによると、使用された延伸されたPPTFEは、節と節とを結合する微細繊維の長さが三ミクロン程度のものも混在しているが、そのほとんどは約五ミクロンないし約二〇ミクロン程度であること、実験の結果によれば、(1)延伸されたPPTFE移植片の開存率は、技術上のミスによる初期の血栓閉塞を来した三例を除き、他の一七例は四・五か月以上にわたり一〇〇%であつたこと、(2)肉眼所見では、薄い密着した新生内膜が内面に認められ、フアイブリン(繊維素)の沈着による狭窄は縫合線上には全く認められなかつたこと、(3)術後の時間の経過とともに、血管内腔に縫合糸が見られなくなり、光沢のある内皮細胞様の物質で覆われるようになつたこと、並びに(4)顕微鏡による所見により延伸されたPPTFEの多孔層中によく発達した線維生長の存在又は線維芽細胞の増殖が確認され、薄い線維状新生内膜が移植片の内面に形成されていることが確認された旨の記載があることが認められ、以上認定の事実によると、第二引用例には、微細繊維によつて相互に結合された節よりなる微細構造を有するPPTFE(延伸されたPTFE)よりなり、前記微細繊維のほとんどが約五ミクロンないし約二〇ミクロンの長さであるチユーブで形成された人工血管は、優れた開存性を有し、術後の癒合過程でその多孔層中に線維生長の発達又は線維芽細胞の増殖が見られ、内面に薄い線維状新生内膜が形成されること、すなわち術後の癒合過程において、延伸されたPPTFEの節とそれを結合する微細繊維で形成される空隙に生体組織が入り込んで生長し、又は増殖して線維状新生内膜が形成されることが開示されているものということができる。

叙上認定したところにより、本件発明と第二引用例記載のものとを対比するに、第二引用例の人工血管に用いられたW.L.Gore & Associates社(被告会社)製 Gore―Texチユーブが本件発明の微細繊維によつて相互に結合された節よりなる微細構造を有する延伸された多孔性のPTFE(PPTFE)であることは、明らかであるから、本件発明に係る人工血管と第二引用例記載の人工血管とは、共に多孔性PTFEよりなる点で同じであるが、本件発明においては、微細繊維の長さを五ミクロンないし一〇〇〇ミクロンと限定したのに対し、第二引用例記載のものは、微細繊維の長さが三ミクロンないし約二〇ミクロンである点で、両者はその構成を異にし、また、本件発明が微細繊維の長さを限定した前認定の理由に照らせば、作用効果をも異にすることは明らかである。そうであるとすれば、本件発明は、第二引用例記載のものと同一の発明であるということはできないから、本件発明が第二引用例記載の発明と同一であることを理由とする原告の主張は、採用することができない。

2 本件発明が第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて容易に発明をすることができたものである旨の原告の主張について

成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例は、日本人工臓器学会昭和四七年三月一五日発行の「人工臓器」第一巻第一号第四四頁ないし第四七頁に掲載の「Porous polytetrafluoroethyleneの人工血管への応用 第一報 末梢動脈への応用」と題する論文で、そこには、PPTFEを応用した人工血管とUSCI製の超軽量織テフロン人工血管の内径三mmのものの比較実験の結果について、「PPTFE人工血管はUltra light weight teflon人工血管に比してすぐれており、移植後一一か月までの開存率は一〇〇%であり、内面の仮性内膜形成は良好で、線維間への細胞のとりこみもよく、周囲の炎症性反応の認められない点から考えて人工血管材料としてすぐれていると考えられる。」(第四七頁右欄下から第九行ないし下から第四行)との記載があり、右記載及び前認定の第二引用例の記載によれば、延伸されたPPTFEが人工血管の素材として優れていることのほか、延伸されたPPTFEの空隙の大きさが線維状新生内膜の形成に大きな影響を及ぼすことは容易に理解されるところであり、右空隙の大きさが右微細繊維の長さに依存することは、延伸されたPPTFEの微細構造の形態からして明らかであつて、第二引用例に示された延伸されたPPTFEのチユーブからなる人工血管の使用に当たり、節と節とを相互に結合する微細繊維の長さに注目し、線維状新生内膜(新しい動脈内膜)の形成、縫合時の支障、血液の洩れ等を考慮し、これらと微細繊維の長さとの関係を実験的に究明して、人工血管として不適当な空隙の大きさ、すなわち、微細繊維の長さを見出すとともに、人工血管として用いることのできる微細繊維の長さが五ミクロンないし一〇〇〇ミクロンの範囲内にあることを見出すことは、当業者にとつて格別困難なことということはできない。しかも、本件発明と第二引用例記載のものとの前認定の作用効果を対比してみるに、本件発明の作用効果は、第二引用例に記載されたものから容易に予測し得る程度のものと認められ、この点を参酌すると、本件発明は、第一引用例及び第二引用例記載の発明から容易に発明をすることができたものと認めるべきである。そうであれば、本件発明をもつて第一引用例及び第二引用例記載の発明から容易に発明をすることができないものとした本件審決は、その認定判断を誤つたものというべきである。

(結語)

三 よつて、本件審決を違法としてその取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるから認容することとする。

〔編註〕 本件発明の要旨は左のとおりである。

微細繊維によつて相互に結合された節よりなる微細構造を有する延伸された多孔性ポリテトラフルオロエチレンよりなり、前記微細繊維の長さが五ミクロンないし一〇〇〇ミクロンであることを特徴とする人工補綴物。

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